お侍様 小劇場 extra

    “×××の嫁入り?” 〜寵猫抄より
 


先日から南西諸島の方で“梅雨明け”の声が聞かれ始めて、
いよいよの夏が、もうすぐの至近に迫っている感があり。
汗をかきかき飲む、氷を浮かべた炭酸が美味しかったり、
西瓜に水浴び、浴衣に蚊遣り。
静かな宵には、
どこのお宅が提げたものだか、風鈴の音も聞こえて来もし。
そうそう花火も待ち遠しい。


  ―― 白い日傘の陰から覗く、品のいいうなじの細さ。
     後れ毛を そおと掻き上げる所作の中、
     得も言われぬ嫋やかなつやがあり。
     たまたま其処を通りすがった男は、
     すれ違ったその後ろ姿を、
     無意識のうちにも、視線で追ってしまっていた。
     川風に揺れる柳の枝の向こう、
     遠ざかる女の細い背中。
     打ち水をされた地面から上がる、
     丁寧に磨った墨のような土の香が、
     やけに印象的なものに思えた、
     土用の午後のことである。


持ちネタでもあるシリーズものの、
新しい展開を前にして。
今時の季節感をなぞった“導入部”を書き終えた島田せんせい。
今の季節を今書いても、
それが印刷されて読者に届く頃ともなると、
随分と時期も過ぎ去ってしまうので、
使えるかどうかは微妙なところ…と案ずるなかれ。
勿論のこと、
月刊誌への連載なんていう、新鮮さが売りの作品なれば、
読んでいる人の実在背景と作品の季節感、
同じであった方が良いには違いないけれど。
『それから数カ月…』なんていう ト書きマジックで、
いかようにも時間の流れは操作出来るのだ、お客さん。
(こらこら)
それに、そも 一流の作家の筆は、
実際の季節感を振り切るほどもの感覚、読み手に与えもするという。
真夏の最中に読んでも、吹雪の唸りや しまきの鋭さ、
肌身に迫る迫力で描けてこそ一流でもあろう。

 また、その作品が“シリーズもの”だったりした場合

熱烈なファンにしてみれば、
そうか、彼らが冬に(夏に)遭遇した話かと、
やっぱり すんなりと話へ入ってゆけるもので。
…単行本ならともかく、文庫への収蔵なんて運びになったなら、
ますます関係なくなりますものね。
それこそ極寒期に夏の話を読むことだってあろうから、
むしろ、実際の季節に頼らない描写が出来なくちゃあいかん。


  ……といった、突き詰めたお堅い話はともかくとして。


さりさりと原稿用紙を引っ掻くようにして書き進める感触がしないと、
ものを書いた気にならぬとの頑固さから、
今時はもはや常識な、ワープロやPCによる執筆や入稿を、
頑なに嫌がり続けている島田せんせいでもあって。
締め切りぎりぎりまで仕上げぬという
編集者泣かせなことは滅多にしない。
むしろ、他の先生のページに穴が空きそなところへ、
勿体なくも突貫にて依頼したものさえ、
きっちり間に合わせて仕上げてくださるという、
出版社にとっては何とも有り難い先生であるがため。
そのようなちょいと我儘な書き方をなさり続けても、
どこの社でも“構いませんよ”と、
心良く受け入れてもらえてもいるのだが。

 「……。」

大きな手からぱたりと、使い慣れた万年筆を転がすと。
口元をかすかに曲げ、う〜んと唸りつつ、顎先へと手を伸ばす。
謎めいた女性と主人公が、事件の前に偶然にもすれ違っていたという、
この後の彼らの関わり合いを暗示しもする場面であり。
あまりにべちょりとした、妖冶嫣然とした風情を出すのもわざとらしいが、
品が良いだの玲瓏だのという気高い方向を匂わせると、
悪女かも知れぬというミスリード、
読者への引っかけが成り立たぬかも知れず。
芸事の師匠という、多少は世に揉まれてもいる設定の女性なので、

 “年が年なのだから、
  無垢で清楚でとしなくとも、
  そこは不自然ではないというものだろうが。”

さて、どのくらいの謎めきを抱えさせようかと。
一旦綴った文章を、
何かのおまじないででもあるかの如く、
睨んでみたり読み返したりしてから…。

 「………。」

ふと。
日傘の陰に見えたうなじの主が、
どこかで見慣れたお顔とすり替わる。
その白い指で黒髪を掻き上げたにもかかわらず、
同じ手の腹がかすめた耳朶の白といい、
伏し目がちにされた目元の、婀娜な風情といい…。

 “…いやいや、あやつはさほど、
  日頃からそうまでの色香を匂わせてはおらぬか。”

匂い立つような…と描写されるような、
見てそれと察しがつくような嫋やかさとは、
微妙に縁遠い彼ではあるものの、

  それでも

ふとした折に目に入る、
心ここにあらずとばかりの“よそ見”をしている横顔などは、
すっきり凛然としている中に、
微かながら色香が滲んでいたりもする。

 「……。」

何しろあの風貌だ。
涼やかな目許にするりと通った鼻梁の峰は繊細で、
さして頬骨の立たぬすべらかな頬をし。
口許もきりりと引き締まっていていつつ表情は豊か。
屈託なく笑えば、人を引き込む暖かさに満ちていながら、
構えようによっては華やかに映えもしよう端正さ。
上背のある肢体のバランスもすんなりと撓やかで、
どこを取っても申し分のない美丈夫なだけに。
単なる気遣いやたしなみが、
洗練されても見えると同時、随分と心得のある色のつけようだとの、
あらぬ誤解を招いてしまうこともなくはなく。
心をよそへと向けた間合いに、
思いがけない表情浮かべた、意外なお顔を見るにつけ。
図らずも得られた奇遇を幸いと感じながら、
それと同んなじ心根へ、

  よそでそのような顔をさらしちゃあおるまいなという、

年甲斐のない悋気を核にした妬心が沸いたりもするところが、
全くの全然枯れても涸れてもいません、まだまだ五十前。

 “……まあ、おいおい膨らませるかな。”

おいおい。
(苦笑)
無論、小手先でのちょちょいで済ませるつもりは毛頭ないが、
ここはこの程度の、それこそ“さわり”で済ませた方がと、
思考が大きく逸れたのを切りに、先生、クールダウンを決め込んだ。
昼間からこっちをずっと机に向かっていたも同然で、
そうして書いていた他の執筆から
“これ”へとなだれ込んだ格好になったもの。
締め切りもまだ先だし、
よって、さほどにがっつり集中してと構える原稿でもなしと。
勘兵衛せんせい、日頃いつもの“日常”へ帰るべく、
古風な型のひじ掛け椅子をぎしりと軋ませ立ち上がり、
静かな書斎を後にしたのであった。





     ◇◇◇



明け方なぞはまだまだ十分涼しいのだが、
気がつきゃ額や首条の生え際などへと、うっすら汗をかいてたり。
Tシャツのところどこが肌に張りつくようになる、
そんな頃合いへと とうとう突入したらしい。
暑いのが苦手な七郎次としては、
はっきり言って、夏は試練の季節でもあるのだが。
幼い子供じゃあるまいし、そうそう甘えたことも言ってはいられず。
毎日毎朝出勤してゆく、会社勤めの人に比べれば…と、
良いコト探しをしながら、自身をなだめてみたりする。
家事全般はもはや体に染みついた日課なので苦ではなく。
勘兵衛の執筆活動という方面での、
依頼への応対や調整、資料整理や取材旅行の手配などなども。
バリバリ売り出そうとか、天下を取ろう
(?)とかいう気鋭があっての、
アッチアチに燃えているとかいう訳ではないので、
積極的にあちこち駆け回るような営業行動がない分、楽は楽だし。
時々忘れたころに連絡がなくもない不動産関係のあれこれへの応対も、
専属していただいている税理士さんや弁護士さんがいるので、
そうそうのっぴきならない事態が襲うということもなく。

 “うんうん、恵まれてるよなぁ。”

勘兵衛と入れ替わりで風呂につかり、
久々に滲んで来た汗の感触へ、
ああもうそんな時期かとうんざりした気分も、
一気に洗い流してしまや むしろ爽快。
すっかりとさっぱりした敏腕秘書殿。
薄手のTシャツに淡色の綿のパンツという恰好で、
水気が落ちない程度にあっさりぬぐった髪を、
なで肩に引っかけたバスタオルの上へと散らしたまんま、
リビングまでの廊下をほてほてと戻る。
夕餉もとうに済んでおり、
まだ眠くないと幼い爪にてじゃれかかる、
家人の仔猫さんと遊んでいた彼だったのへと、
風呂へ行って来いとお声をかけて下さった御主様。

“ちゃんと髪を乾かしておいでかな?”

久蔵と遊ぶのに気を取られると、
うっかり忘れてしまわれるからなぁと。
困ったお方なことを思い出しての苦笑が洩れる。
自分がついつい、
かあいらしい家族の、
そりゃあそりゃあ愛くるしい姿へ見ほれているのへと、
呆れたようなお顔をなさる勘兵衛様だが。
そんなご自分だって、
あの子を抱えるとどこか穏やかなお顔になること、
果たして気づいておられるのかな?

 “……あ。”

妙に静かなリビングを、刳り貫きになった戸口からひょいと覗けば、
フロアライトの柔らかな光の中、
お膝に乗せた小さな坊やを、
無言のまま、見下ろしておいでの勘兵衛なのが視野へと入る。
ふくふくとした小さな手が、
カーディガン代わりのシャツの前立てをぎゅうと握っており。
そんなしてしがみつく久蔵を、
いかにも持ち重りのしそうな大きな手が、
よしよしと撫でてやっている様は、
何とも優しく暖かで、
惚れ惚れとした吐息も洩れよう心和む構図…なのだが。

 “……。”

どうしてだろか、微妙に寂しいと感じもする。
離れた位置から眺める遠さが、
そんな感傷、招くのだろか。
いつぞや、ちょっとした話の弾みで、
ご自身と七郎次は、久蔵の父と母だと言い切ったこともあったお人。
ああまで子供好きとは正直思わなんだ七郎次であり。

 “優しいお人だってことは判ってたんだのにね。”

いつの間にやら忘れてた自分。
久蔵への構いようを見て、ほだされるように思い出したようなもの。

  ―― 雑事は全て私に任せ、あなた様は前だけを見ていてと、

しゃにむにも躍起になっていた。
いやさ、躍起になることで考えまいとしていたのかも。
所詮は想い想われる間柄になんてなれないと、
痛い想いをするより前に、あり得ないこととして構えてた。
そんな頑ななところをほだしてくれたのが、
無邪気で愛らしい久蔵であり、
そんな彼へと意外なほどの子煩悩さを見せた勘兵衛であり。

 「…あ。////////」

いまだこちらへは気づかぬか、
頬へと垂れた蓬髪の陰となった横顔は、
その輪郭をかたどる鉄線が案外と繊細で。
大きな手が、ふわふかの綿毛をぽふぽふと撫でるのがまた、
頼もしいやら微笑ましいやら。
何ともいえず、
ただただ胸が詰まるばかりとなってしまっておれば。

 「〜〜〜。/////////」
 「ときめいたところで湯冷めはするぞ。」

こちらに気づいた勘兵衛が、呆れたように頬笑んで見せたので、
ありゃりゃ、また“例の”をやらかしてたらしいと知らされる。
口許へと寄せていた拳をとりあえずは降ろしつつ、
ラグの上へゆったりと座しておいでの、御主の傍らへまでを歩み寄り。
ちょこり、同じように座り込めば。
小さな坊やがくうくうと、無心に寝入る姿が見下ろせて。

 「この子はやはり、勘兵衛様が好きなんでしょうね。」

この御主の気配を察すると、自分と遊んでいても何もかんも放り出し、
ぱたた・とてとてと駆け寄ってゆくつれない王子。
そんななことが時には妬ける七郎次だったりもし、
さわると起こしかねぬので、
触れないようにそれでも手をかざして撫でる真似をしておれば、

 「何を言うか。」

低められると甘さを増す、深みのあるいいお声が、
それは心外だと言い返して来。

 「お主こそ、昼の内は久蔵にすっかりと構けておろうよ。」
 「はい?」

  睦まじいのは大いに結構だが、
  傍から文字通りの“傍観者”でおらねばならぬのはちょっと、などと

思いも拠らぬことを仰せになるのが、
七郎次にはそれこそ意外で。

 「な、何を……。/////////」

仰せですかと続けかけ、声が大きいと制される。
すやすや眠る和子の頭上、
思いがけないほどやさしかった口吸いに、
ただただほやんと気が萎えたものの、

 「いかがしたか。」
 「…で、ですから。////////」

にんまりとした笑みは、ああ人をからかっておいでだな、お人が悪い。
ええい、翻弄されてなるものかと、

 「昼間はしゃいでいる久蔵が、どれほど愛らしい和子だか御存知か。」

ひんやりするのが心地良いのか、
フローリングへ頬っぺをすりつけ、すりすりうにうにして見せたり。
そこから、柔らかいその身を くにんとよじって仰向くと、
真っ赤なお眸々でこちらを見上げて来。
小首をかっくりこと傾げると、
なぁに?と言いたげに“ま"〜う”と甘え声を出すお顔の、
罪なくらいに愛らしいところが もうもうもう…っ

 「〜〜〜〜。//////////」
 「判った判った、儂が悪かった。」

おチビさんを起こしも出来ずで、
口許を押さえ込んでの感極まってる恋女房を、
どうどうどうと宥める代わり。
今度はその懐ろへと迎え入れてやれば、

 「あ。//////////」

風呂上がりのはずが、それでも流されぬ男臭さの匂い立つ、
雄々しい存在感に満ちた、頼もしい胸板を間近に意識した途端。
しっとりとした白い頬に、見る見る血が上ってしまう晩生さよ。
閨に於いては、その精悍な肉置きに触れ、情を交わしもするはずが、
なのに…このっくらいの“接近”で、
いかにも初心な反応が引き出せる辺り、
まだまだ“ヲトメ返り”は続行中であるらしく。

 「? いかがした?」
 「あ、ああの、御存知でしたか?」
 「?」
 「た、七夕の笹に新しい短冊が下がっておりまして。」
 「ほほお。」
 「それが結構ちゃんとした字だったんですよ。」
 「? だが、久蔵は…?」
 「ええ、ですから、あのその…。///////」
 「どうした、聞こえぬぞ?」
 「〜〜〜〜〜。//////////」

彼もまた、和子を起こしたくはないからか、
それとも焦る女房があまりに可愛いものだから、
もそっと どぎまぎさせたくてなのか。
青い双眸のぞき込み、白い耳朶へと口許寄せて、
低めた声にて話を続ける、意地悪な御主であったりし。
そんな下界の甘さにあてられて、
間近い七夕、雨になって流れてしまわぬか。
軒端の笹がさらさらと、苦笑にも似た囁きこぼした、
文月の宵の、とある一景でございます。





  〜どさくさ・どっとはらい〜  09.07.05.


  *嫁入りだと? 誰が何処へだ儂は許さぬ…と、
   誰か様が怒鳴り込んで来そうなタイトルですが。
(笑)
   お互いにお互いへと堂堂巡りな焼き餅を妬いてる、
   何とも可愛らしい方々でございますと。
   そういう意味ですので悪しからず。

  *藍羽さんチの猫キュウさんが、
   それはかあいらしい助っ人に来てくれて、
   こちらの久蔵くんも願い事の短冊を下げられた模様ですが、
   一体何て書いてあったんでしょうねぇvv

    「にゃあ、みゃっ、にゃう。」
    「てんてー?って人に叱られるから、読んじゃダメって。」
    「にゃんvv (えっへん)」
    「けど久蔵、てんてーって誰だ?」
    「みゃ?」

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